8.江戸の水系社会【第3章「農」が造った国土】
8.江戸の水系社会【第3章「農」が造った国土】 ■農林水産省■ 関東農政局 https://www.maff.go.jp/kanto/nouson/sekkei/kagaku/kokudo/08.html さて、江戸時代になって戦の混乱が収まると、それぞれの藩では本格的な国土造りが始まりました。城下町のほとんどは、江戸時代以降に造られた町です。川から水路を引き、城の堀や町の生活用水として利用、その後、周辺の農地を潤していました。水道もなかったのですから、土掘りの水路の水や井戸水を煮炊きの水や生活用水として使っていました。したがって、水に関する扱いは非常に慎重でした。トイレの糞尿は田畑へ戻し、生活汚水も水路へ流さず、地面に染み込ませていました。 ヨーロッパを悩ませてきた疫病も日本では幕末の外国船が入ってくるまではなかったようです。明治の頃、日本を訪れた外国人は、みな一様に都市の清潔さに驚いています。その頃東大教授であったモースという学者も、「アメリカで不完全な便所や排水に起因するとされている病気の種類は、日本には無いか、あっても非常に希であるらしい」と日本の水系社会を褒め称えています。 また、この頃になると、藩直営の何10kmにも及ぶ大規模な水路も生まれてきます。徳川幕府が造った葛西用水(延長約70km)、見沼代用水(約100km)は、それぞれ独立した用水ながら、自然河川や排水…