農業全般

8.江戸の水系社会【第3章「農」が造った国土】 ■農林水産省■ 関東農政局  https://www.maff.go.jp/kanto/nouson/sekkei/kagaku/kokudo/08.html   さて、江戸時代になって戦の混乱が収まると、それぞれの藩では本格的な国土造りが始まりました。城下町のほとんどは、江戸時代以降に造られた町です。川から水路を引き、城の堀や町の生活用水として利用、その後、周辺の農地を潤していました。水道もなかったのですから、土掘りの水路の水や井戸水を煮炊きの水や生活用水として使っていました。したがって、水に関する扱いは非常に慎重でした。トイレの糞尿は田畑へ戻し、生活汚水も水路へ流さず、地面に染み込ませていました。 ヨーロッパを悩ませてきた疫病も日本では幕末の外国船が入ってくるまではなかったようです。明治の頃、日本を訪れた外国人は、みな一様に都市の清潔さに驚いています。その頃東大教授であったモースという学者も、「アメリカで不完全な便所や排水に起因するとされている病気の種類は、日本には無いか、あっても非常に希であるらしい」と日本の水系社会を褒め称えています。 また、この頃になると、藩直営の何10kmにも及ぶ大規模な水路も生まれてきます。徳川幕府が造った葛西用水(延長約70km)、見沼代用水(約100km)は、それぞれ独立した用水ながら、自然河川や排水…

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7.二次的自然の形成-琵琶湖40個分の湿地帯【第3章「農」が造った国土】  https://www.maff.go.jp/kanto/nouson/sekkei/kagaku/kokudo/07.html   ところで、温度計もない昔、どうやって田植の時期を知ったと思いますか?田植は気温や水温と密接な関係があり、時期が1週間でもズレると収穫に差がでるらしい。春といっても、急に暖かくなったり、4月に大雪が降ったり。だから日付では決められないのです。 春先の平均気温は、山の残雪の形で分かったそうです。雪が消えかけて山の地肌が馬の形になった時、蝶の形になった時、仏様が表われた時・・・。だから、山の名も、白馬岳、蝶ヶ岳、常念岳・・・。 桜の花でその年の気候を予測したともいいます。花見の行事はそこからきているらしい。 雲や風で天気を読み、鳥の動きで異変を察知し、草の生え方で土の良し悪しを知る。何世代にもわたって農家に伝えられてきた自然を読む術(すべ)。これらは、現代の科学では計り知れないほど奥の深いものがあるはずです。 堤防の土手が崩れないように桜の木を、田の周辺にはモグラが穴をあけないように根を張る草を植えました。神社の森や屋敷林も落ち葉を肥料にできる樹木を植えました。 とりわけ、山の森と人々の暮らしとの関係は密なるものでした。日々の煮炊きに使う薪(たきぎ)は言うに及ばず、田畑の肥料も山の…

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6.水争いと「農」の秩序【第3章「農」が造った国土】 ■農林水産省■ 関東農政局  https://www.maff.go.jp/kanto/nouson/sekkei/kagaku/kokudo/06.html   水をめぐる争い ─── いわば集落全員の生死をかけた争いです。待っても待っても雨は降らず、太陽がジリジリと照りつけます。土にヒビが入って稲も枯れ始めます。どこかの集落が耐え切れず、夜中に上流の堰を壊しに行きました。村中が殺気立ちます。人々は手にカマやクワを持って集まり、戦国時代さながらに川を挟んでの乱闘が始まります。 九十九里平野の水争いは、江戸時代から昭和に至るまでに50数回記録されていますが、これは訴訟を伴うような大きな争いであり、小さな水ゲンカはいつも起こっていました。 明治27年、栗山川の水をめぐって両岸の農民2百数10名が、手に鍬、鋤、竹やり、日本刀、仕込杖に白装束にて激突、不幸にも2人の犠牲者を出しています。また、昭和8年の干ばつでは、ある農民が水利組合長を刀で切りつけたり、農民が大勢押しかけ村長宅から米を強奪したりというような話も残っています。 長野県の梓川も水量が少ないため、両岸(松本市や安曇野市など)では常に水争いが繰り返されてきました。特に江戸時代後半の水争いは激しく、江戸表での判決に及ぶこと数回、多数の犠牲者を出した記録を持っています。 大正13…

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5.農地の宿命【第3章「農」が造った国土】 ■農林水産省■ 関東農政局 https://www.maff.go.jp/kanto/nouson/sekkei/kagaku/kokudo/05.html    さて、以上のことを頭において、ある平野に水田を造るとしましょう。  水田の水の多くは川から引いてくるので、川の近くにいくつかの農地や集落ができます(図1)。水路を引く場合、川の流れを木の枠組みや石などでせき止め、そこから田んぼへつながる水路へ水を送ります(図2)。この仕組みを堰(せき)といいます。    最初、1の集落(水田)が川から水を引いてきました。そうすると2の集落は、1の堰の下流から引くことになります。川の水を引くのは、上流のほうが有利になるからです。さらに3の集落は2の堰の下から引くことになります。こうやって川の水の量に余裕がある限り、水路が引かれ、水田が造られてていきます。  このようにして、その平野は、川から引ける水の量のギリギリまで開発されることになります。ところが、川の水量は常に変動します。雨が降れば水かさは増すし、日照りが続けばだんだん減ってきます。  さて、ここで集中豪雨が来たとします。たちまち川は濁流となって、堤防いっぱいまで水かさが増します。このとき、堰が頑丈であればあるほど、洪水は水路のほうへ流れてきます。むしろ、流されてしまうくらいの粗末な構造のほ…

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4.アジア・モンスーン-地球10周分の水路網【第3章【農】が造った国土】 ■農林水産省■ 関東農政局 https://www.maff.go.jp/kanto/nouson/sekkei/kagaku/kokudo/04.html     日本は山国であり、平野が少ないことはすでに述べました。おまけにタツノオトシゴのように細長い島国です。その細長い島の中央には、2~3000m級の山脈が連なっています。必然的に、川は短く、勾配はかなり急になります。下のグラフは、横軸が川の長さ、縦軸が川の標高を示しています。  明治の頃、日本の川の改修に招かれたある外国人技術者は、「これは川ではない、滝だ」と叫んだという話が残っています。大きな平野を何百kmも流れる欧米の大河に比べて、日本の川のほとんどは、標高1000m以上の山から、あっという間に海へ流れ出てしまいます。確かに、「これは滝だ」と叫びたくなりますね。  資料: 高橋裕「河川工学」東京大学出版会1990    さらに日本は、アジア・モンスーンという暴れ馬のような気象の下にあります。台風が年に何回となく襲い、集中豪雨に見舞われます。年間降雨量は世界平均の約2倍。しかも、雨は梅雨時から夏にかけて集中しています。かと思えば、空梅雨(からつゆ)といってほとんど雨の降らない夏が続いたりします。したがって、川の水量の変動が激しい。川の最大流量と最小流…

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3.なぜ日本は水田を求めたのか【第3章「農」が造った国土】 ■農林水産省■ 関東農政局  https://www.maff.go.jp/kanto/nouson/sekkei/kagaku/kokudo/03.html     「そんなに水路を造るのが難しいのなら、普通の畑にすればいいじゃないか」「なぜ、そんなに水田ばかりにこだわるんだ」という疑問がわいてきます。実は、これはとても重要な問題なのです。日本という国そのもの、国土や社会の仕組み、文化や教育、人の気質や体質、人々の生活や行事にいたるあらゆることが水田社会を基に形成されてきたからです。  日本に水田が定着した大きな理由として、まずは農地としての優秀さが挙げられます。つまり、太陽エネルギーの変換率が非常に高いこと。 現在の日本は外国からたくさんの食料を輸入していますが、江戸時代は完全に自給自足、つまり、国内の農地から生産されたものだけで約3000万人が暮らしていたわけです。江戸中期の農地面積は約300万haですから、1人あたり約10a(おおよそ32m四方)になります。同じ頃のヨーロッパでは、1人生きるのには1ha(100m四方)以上の農地が必要だったといわれています。日本では1haもあれば、10人分のエネルギー(カロリー)を得られたわけです。  ヨーロッパは、小麦と牧畜による農耕文明で…

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2.水路を引くむずかしさ【第3章「農」が造った国土】 ■農林水産省■ 関東農政局 https://www.maff.go.jp/kanto/nouson/sekkei/kagaku/kokudo/02.html     平野さえあれば、水田ができるのかといえば、そうでもないのです。例えば、栃木県の那須野ヶ原は、大阪市の2倍近い約4万haという広大な平原でありながら、古代から一度も耕されたことのないという無人の原野でした。水がなかったためです。明治になって那須疏水が完成するやいなや、那須野ヶ原は県内でも有数の農業地帯に生まれ変わりました。要するに、いくら平野があっても、引いてくる水がなければ水田はできないわけです。  水路を造るには単に地面に溝(みぞ)を掘ればいいと思われがちですが、道路を造るように簡単にはいきません。ある村が水路を引く場合を考えてみます。   近くに川が流れています。しかし、川はその地域の一番低いところを流れているので、ポンプでもない限り、近くの川の水を吸い上げることはできません。川から水を取る位置(水路の入口)は、少なくともその村の標高よりもずっと高いところ、川のはるか上流になります。そこから長い水路を造って村の水田にまで引いてこなければなりません。  平野は平らに見えても、実際に村にたどり着くまでには丘があったり、谷間があったりとたくさんのデコボコがあ…

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1.日本の地形の特徴【第3章「農」が造った国土】 ■農林水産省■ 関東農政局 https://www.maff.go.jp/kanto/nouson/sekkei/kagaku/kokudo/01.html     農地を増やすということが、日本にとっていかに大きな課題であったかはお分かりいただけたでしょうか。  しかし、皆さんの中には、こんな疑問を持たれる人も多いのではないでしょうか。「農地を造ることがどうしてそんなに難しいの?」「昔は、いっぱい空き地があったじゃないか」「土地を平らにして、稲を植えるだけではダメなの?」・・・。  実は、日本の農地は、世界的にみてもかなり特殊なのです。それは、日本の地形、気候風土の特殊さと関わってきます。山が多くて平野が少なく、世界でも有数の多雨の国。特に水田は、米を作るだけではなく、この特殊な国土づくりとも密接に関係しているのです。   まずは、地形から見てみましょう。日本は小さな国であるという印象を受けますが、それはお隣の中国、ロシア、アメリカなどと比較するからであって、実は、そんなに小さくはないのです。例えば、ヨーロッパで日本より大きな国はフランス、スペイン、スウェーデンのたった3カ国だけです。世界には191の国がありますが、日本は上から59番目。日本よりも小さい国が世界には130以上もあります。人口…

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果樹農業の現状(データ) ■農林水産省■ https://www.maff.go.jp/j/council/seisaku/kazyu/h16_2/pdf/data7.pdf  果樹栽培農家数::17万戸(2020年)  果樹栽培面積::21万ヘクタール(2020年)  1戸あたりの平均規模::1.2ヘクタール(2020年)   

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果樹のページ ■農林水産省■ https://www.maff.go.jp/j/seisan/ryutu/fruits/index.html  農林水産省では、概ね2年以上栽培する草本植物及び木本植物であって、果実を食用とするものを「果樹」として取り扱っており、このページでは、この「果樹」に関する様々な情報を掲載しています。